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【連載】ネタ切り(寝たきり)浪人のブッチギリ時評 Vol.24

nikkou

テーマ「日光と不思議」

機会がなくて日光に行ったことがなかった。ようやく先日、五月の連休に日帰りで行ってきた。肝心の陽明門は修理中とのことで見ることができなくて残念だった。「日光みずして、結構言うな」といわれるくらいだから、きらびやかで豪華、結構なたたずまいだったはずで、江戸時代の人はさぞ目を見張ったことと思われる。しかし「見ると聞くと大間違い」といわれるように「ヘェー」と思うこともいくつかあった。神社なのにお寺があり五重の塔もあった。平たくいえば家康公の「霊廟」だからかまわないのか。そういえば芭蕉も奥の細道では「あらたふと 青葉若葉の 日の光」と詠んで句の中に建物はない。

一番印象深かったのは拝殿のしくみだった。神殿に向かって一番前に将軍家、次の低いところに御三家、その後ろの広いところに前から石高順に座って参拝するのだと説明を受けた。「ネタ切り」の座った位置は六十万石の殿様が座った場所だ。加賀百万石の前田侯が座ったと思われるところにはキャピキャピした茶髪の女の子が動き回る男の子と一緒に宮司の話を聞いていた。

この拝殿はそれなりに大きな建物だが、埼玉スーパーアリーナとか、大ホールを見慣れた現代の眼から見るといかにも小さい。ここに全国の諸大名がびっしり座って参拝していたのかと思うと滑稽さを感じる。刀などどうしていたのかな。刀持ちが外で「なんとかの正宗」など、今なら国宝級の刀を抱えながら、終わると「殿こっち、こっち」などと手を上げて呼んでいたのかなと。

現代の日光は不思議な神社だ。伊勢神宮のような信仰の対象ではないし。遺跡・史跡というのは生々しいし、単なる観光スポットともいえない。ただいえることはたくさんの人が訪れ、それによってたくさんの人の生活が成り立っていることである。

そして、思い出した。高校の美術の先生の話。「日光は伊勢神宮や桂離宮と違って醜悪であると外国の有名な芸術家が酷評したことがある」と。
いろいろ思いを巡らせて山を下った。

加賀様の 座りし席に 茶髪の子

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